20日に、地元の中学からの親友と乗り鉄してきました。一度、佐野厄除け大師に行ってみたいという想いから派生した形で、ならば東武伊勢崎線系統の支線を乗りつぶしも兼ねようということになり、友人のプランニングに便乗することとなったのです。
すっかり本数が激減した本厚木からの東京メトロ千代田線直通準急で、北千住に向かいました。ちなみに小田急の新4000形が充当されており、初乗車することができました♪
北千住からは、特急〔りょうもう5号〕に乗車です。車内は割りと空いていましたね。

館林で東武佐野線に乗り換え、佐野駅に到着。JR両毛線との接続駅にも係わらず閑散としていました。このあたりは佐野線はデータイム時は1時間1本という運転、両毛線も運転間隔が極端に開くようでは仕方あるまいか…。ちなみに、この駅は”昭和初期建築で、ステンドグラス窓を取り入れたシンプルな洋風駅”として「関東の駅百選」に選定されていますが、駅舎はすっかり近代風に改築されてしまいました。

駅から佐野厄除け大師に参拝に向かうような人群れもなく、持参した地図と睨めっこしながら、どうにか到着することができました。

境内には、金色の釣鐘や…

塔の屋根部分にも金が施されたりと、派手なお社でしたねー。

参拝などを済ませ、東武佐野線佐野駅から一つ戻った佐野市駅に向かいました。大師は両駅の中間に位置しているので、往復を違う道で辿ってみたのです。
次の列車に乗り込むまでに時間があったので、佐野市~佐野の間で列車撮影。といっても1時間に1本の運転間隔なので、これしか撮れませんでしたが…。佐野線では8000系からのワンマン改造を受けた、800系3連が充当されています。

佐野側より佐野市駅を見てみると、以前は貨物輸送の際の留置線が、両側にあったであろう名残が確認できます。留置線跡には、駐車場や東武スポーツセンターが建っていました。

再び佐野市駅に戻りました。駅の隅には、小さな祠が。

ホームに上がりました。中線は退避線であったようですが、貨物輸送が廃止された現在は使われておらず、一部は線路が剥されています。
佐野市より列車に乗車し、終点の葛生駅に到着。ホームは1面1線で、留置線が2本。保守車両も留置していました。

かつて、東武会沢線・東武大叶線・日鉄鉱業羽鶴専用鉄道の3つの路線から当駅まで石灰、セメント、ドロマイトを運ぶための貨物線が敷設されていたそうです。貨物輸送が廃止された後はその殆どが撤去されてますが構内は広く、かつての貨物線の名残を残しています。貨物運送が盛んだったころ、旅客用も含め20本のホームがあり、東武鉄道で最大・日本屈指のターミナル駅でした。
駅から先にも路線跡が続いており、架線の柱も残っているようです。また、現在では珍しい腕木式信号機も残っているらしいので、いつか再訪したい駅です。

こじんまりとした駅舎で、駅前にはお寺とラーメン屋さんが1軒。
このあと、東武小泉線を乗りつぶしに行きます。