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2008年1月22日 (火)

東武伊勢崎線系統の支線を乗りつぶししてきました2 ~東武小泉線~

葛生より館林まで戻りました。

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丁度、東武伊勢崎線太田行き普通の10000系がやってきました。

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さらに、10分近く待機して特急〔りょうもう24号〕を撮影しました。

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館林駅は”洒落た模様の窓がある洋館風の駅舎で、小規模ながら歴史を感じさせる駅”として「関東の駅百選」に選定されています。

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さらに、駅前にはタヌキの石像が。館林は民話「ぶんぷく茶釜」の舞台のようです。

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再びホームに上がり、東武小泉線に足を延ばします。車両は8000系のワンマン改造車2連でした。

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佐野線と違い、乗車率は思いのほか高く、終点西小泉駅でも降車客が多かったです。

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島式1面2線のホームのほか、右側には使用されなくなったホームも線路と共に残っています。架線は外されていました。

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この路線もほぼ1時間1本程度の運転間隔ですが、僕らを乗せた列車は5分後には館林へと折り返して行きました。

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駅のそばには国道354号線が通っており、車の交通量もかなり多く、様々な店舗が軒を連ねていますが、その分、駅前の寂しさが目立っている感じです。ちなみに、小泉線東小泉・小泉町・西小泉は、”小泉”を名乗っていますが地名は群馬県邑楽郡大泉町です。

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駅前は路線バスのバス停がある程度。

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群馬県太田地区は工業都市で、特にブラジル人の社員も多く、自動券売機の横には、ブラジル語で書かれた紙が貼られていました。

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戦前戦中は、中島飛行機小泉工場の玄関口や、この先仙石河岸駅までを結ぶ仙石河岸貨物線の駅でもありました。駅舎は、現在では不釣り合いなほど立派なものです、当時は貨物等の取扱量も多く隆盛が忍ばれます。西小泉の南、利根川土手近くには、仙石河岸線の終着である仙石河岸駅が存在し、仙石河岸と西小泉の間には、新小泉駅が存在したそうです。場所は、西小泉の延長線上にある遊歩道(いずみ緑道)の終着点近く。その新小泉から分岐させて東武熊谷線(現在は廃線)と接続する予定でしたが、終戦後に工事は停止され、また仙石河岸と新小泉も相次いで閉駅、西小泉駅以南は廃線となりました。

小腹が空いたので、滞在時間も長かったこともあり、コンビニを探すが見つからず、ようやくスーパーを発見。駅に戻ったときには発車10分前でした。

次は、東武桐生線を目指します。

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コメント

西小泉駅の延長上にあった見るからに怪しい遊歩道、やっぱり路線跡だったんですね(^0^)
東武鉄道は結構、廃線跡が好きな人が散策するのも結構楽しめそう(^0^)

投稿: 小金井シン | 2008年1月28日 (月) 23時41分

小金井シンさん>
そうですねー。やはり事前に情報を入手しておく必要がありますよね。今更ながら勉強不足に嘆いております。

投稿: スー | 2008年1月30日 (水) 01時35分

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