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2009年3月に作成された記事

2009年3月29日 (日)

ゆったり会津 東武フリーパスで行く野岩・会津鉄道 ~芦ノ牧温泉→会津若松~

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18:15芦ノ牧温泉着。すっかり日が暮れてしまいました。《会津鉄道線芦ノ牧温泉 1/8 Av2.6 露出補正0 ISO400》

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下車したのは我々3人のみ。待合室の明かりが眩しく見えます。

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芦ノ牧温泉駅は、名誉駅長「ばす」がいる駅として有名。あいにく、このときは駅長室で睡眠中zzz

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あ…一応、”巡回中”扱いなのねww

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晩ご飯にと…訪れたのが駅近くにある「牛乳屋食堂」。

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このお店は元々は屋号の如く牛乳屋さんでしたが、当時隣に住んでいた中国人からラーメン技術を学び、ラーメン屋として開いたのが始まり。メニューを見るとお薦めの焼き餃子は皮から手作りとか。さっそく注文。中国から結婚を機に来日した女性スタッフの作る餃子は、ちょっと小ぶりなサイズですが、皮はモチモチっとして、餡からあふれ出る汁がジューシー!

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つづいて、注文した「会津ラーメンとソースかつ丼(半サイズ)」のセットが運ばれてきました。どちらも会津名物グルメ。両方を同時に楽しめます。麺もモチっとしていて、カツもカリッと揚がっていて美味しかったです♪

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人気店ゆえか、ラーメン店にもかかわらず当時を偲ぶように牛乳が販売されているほか、グッズもいろいろ。思わず僕はハンカチを購入。

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駅近くの食堂は常にお客が入れ替わる盛況ぶりですが、駅の待合室は誰一人いません。利用客は地元民かクルマで来店するんでしょうね。

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それにしても周囲は灯りがありません。ストロボを焚かずに撮影すると、こんなに暗くなります…。寂しいなぁ。

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会津田島行き普通列車がやってきましたが、乗降客はなし…すぐに列車が走り去ると、ホームは一気に闇に包まれます。《会津鉄道線芦ノ牧温泉 0.4 Av2.6 露出補正0 ISO400》

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再び「ばす」駅長の様子を確認。相変わらず”駅長室”で睡眠中zzz

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「ばす」駅長は、2000年に近所の子供に拾われ、当駅の女性駅長によって世話をしているのだとか。すでに7匹の子供を生んでいる14才のお婆…(失礼)。

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名前の由来は映画「トトロ」のキャラクター”ネコバス”から。

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待合室は「ばす」駅長関連のものが、あちこちに掲示されています。ガラス窓に貼られた駅長のお姿の写真。

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テーブルにも駅長の日常を撮影したスナップが。

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駅長の餌皿を発見。ドライフードを食しているようですな。

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「ばす」駅長に別れを告げ列車に乗り込み、会津若松20:22着。1日目の終わりです。

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乗車したのは野口英世の母がしたためた手紙の全文が車体に描かれているAT-500形。《JR磐越西線会津若松 1/10 Av2.6 露出補正0 ISO400》

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JR磐越西線ホームには”あかべぇ”色の719系が停車中。《JR磐越西線会津若松 1/6 Av2.6 露出補正0 ISO400》

さて、今夜はホテルでWBC第2ラウンド1位通過を祝い、飲みますか♪

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ゆったり会津 東武フリーパスで行く野岩・会津鉄道 ~会津田島→芦ノ牧温泉~

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会津高原尾瀬口で乗り換え後、いよいよ会津鉄道に踏み込み、会津田島駅で下車。駅舎は「会津田島ステーションプラザ」という南会津地方の観光案内や飲食店など、総合的な機能を併せ持った駅であり「東北の駅百選」にも選定されています。

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駅前ロータリーのそばには、黄金色の柱のようなオブジェ。なんじゃこりゃ?

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駅到着直後は、なんと霙交じりだったのですが、また天気は回復♪同駅は、会津鉄道の検修設備を備えています。

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1時間ほどの滞在の後、新1000札に野口英世が採用されたのを記念したデザインのAT-500形に乗り込みます。《会津鉄道線会津田島 1/640 Av4.0 露出補正-1 ISO400》

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2009年3月28日 (土)

ゆったり会津 東武フリーパスで行く野岩・会津鉄道 ~中三依温泉→会津田島~

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下車した中三依温泉駅は、盛り土上にある無人駅。

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駅構内の壁面には、1986年10月9日に中三依駅として開業した記念パネルが。ジュース類の王冠でできています。

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ここで日帰り入浴を楽しむことに。立ち寄ったのは「男鹿(おじか)の湯」。内湯のみですが、窓が大きく湯に浸かりながら眺望を楽しめます。お湯は無色で湯温も適温。じっくりと長く浸かっていられる熱さでした。館内には食堂もあるので充分寛げます(入浴を利用する食事客は入湯料が無料)。

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この町は「みよりそば」が有名と知り、時間もあるので入浴後は街中を歩き、蕎麦屋に入店。各々はもりそばともう一品を注文。僕は野菜のてんぷらにしました。舞茸・カボチャ・サツマイモのてんぷらを塩でいただきます。とてもサクサクしていて、軽いお味でした♪

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肝心のおそばは、細打ち麺にもかかわらずコシが強く、のどごし最高の美味さでした。ちなみに、お店は「そば処まるみの湯」だそうで、ここでも日帰り入浴が楽しめたのだと、食事後に判明しましたw民宿も兼ねているようです。

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お腹を満たし、駅に戻ると快速「AIZUマウントエクスプレス」が鬼怒川温泉方面に発車して行きました。《野岩鉄道中三依温泉付近 1/200 Av5.5 露出補正+2/3 ISO200》

ここから会津田島に向かいます。

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ゆったり会津 東武フリーパスで行く野岩・会津鉄道 ~龍王峡→中三依温泉~

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車内は観光客で混雑していましたが、なんとか相席ながらも座ることができました。そして揺られること30分ほど。下車した龍王峡駅ホームは、半分がトンネルに入っていました。

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トンネルに挟まれた小駅。《野岩鉄道龍王峡 1/250 Av5.5 露出補正0 ISO200》

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無人駅かと思いきや、地上出口には女性係員がいました。野岩鉄道初下車駅です。

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駅前には龍王峡という景勝地があり、それをイメージしたオブジェが建っています。

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その景勝地を訪ねてみました。階段を下りて行くと「虹見の滝」がお出迎え。奥には「虹見橋」が架かっています。

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龍王峡は、鬼怒川上流部に発達する峡谷。鬼怒川温泉と川治温泉の中間に位置し、日光国立公園に属する景勝地です。火山岩が約3kmに亘って浸食されてできた峡谷で、険しい岩盤が露出し、まるで竜が暴れ回ったような形跡を残すことから「龍王峡」と名付けられたそうな。鬼怒川温泉など有名温泉地から近いこともあってか観光客の姿は多かったです。

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「虹見の滝」近くには、小さな祠がありました。

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龍王峡を見物したあと、ちょっと食堂で休憩し(客引きがとにかくくどかった)、中三依温泉を目指し列車に乗車。途中の湯西川温泉駅もトンネル駅ですが…

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駅を出てすぐの鉄橋からは、翡翠のような碧い色の「五十里湖」を望むことができます。

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ゆったり会津 東武フリーパスで行く野岩・会津鉄道 ~下今市→龍王峡~

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下今市10:33着。

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当駅でも飲み水がこんこんと湧いていました。”おいしいいまいちの水”と単純に読むと美味しいのかいまいちな味なのか、笑えますなww

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駅前で、二宮尊徳の墓があるとの看板を見つけ、徒歩3分とのことなので行ってみました。訪れたのは今市報徳二宮神社。

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二宮尊徳とは”薪を背負いながら本を読む”姿の像で有名な二宮金次郎のこと。金次郎は通称です。

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二宮尊徳は日本の江戸時代後期に「報徳思想」を唱えて「報徳仕法」と呼ばれる農村復興政策を指導した農政家・思想家。生まれは現在の神奈川県小田原市栢山ですが、終焉の地とされるのが、この今市だそうです。彼を祀る神社は、ほかにも出生地の小田原や仕法の地である栃木県芳賀郡にもあります。

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下今市を出発し、龍王峡に向かいます。

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ゆったり会津 東武フリーパスで行く野岩・会津鉄道 ~東武日光→下今市~

以前から野岩鉄道と会津鉄道を完乗したい思いがありました。早春の時期でベストシーズンではないものの、東武鉄道から発売している「ゆったり会津フリーパス」を使って3月20日に快速Northさんと小金井シンさんの3人で、いざ旅立つことに。

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北千住で合流し、特急スペーシア「けごん1号」で東武日光へ。当日は三連休の初日ということもあってか指定席は完売。あいにくの雨模様の中での出発でしたが、東武日光に着くころには雨が上がり、時折日差しが差し込むくらいに回復してくれて助かりました。《東武日光線東武日光 1/200 Av4.0 露出補正0 ISO80》

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我々が到着後、10分ほどで新宿からのJR線直通特急「日光1号」が到着。さらに駅が賑やかになります。《東武日光線東武日光 1/250 Av5.5 露出補正0 ISO200》

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この日は、改札口付近で着物姿の女性陣が数人おり、下車客に多くのプレゼント品が振舞われました。何かのキャンペーンだったのかしら?我々も頂戴しました。まずは日光銘菓「日光甚五郎煎餅」。

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現在放送されている、東武鉄道のTV-CFソング「私を連れて帰ろう」のCD。

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東武特急スペーシア時刻表&フリーパス案内の小冊子。

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現在、浅草周辺に建設中の「東京スカイツリー」メモ帳。

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日光の社寺が世界遺産に認定され10周年を記念したピンバッジ。

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駅前に出てみました。東武日光駅舎は山小屋をイメージした三角屋根が特徴で「関東の駅百選」に選定されています。日光の滝をイメージした岩積みが駅前にあります。

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日光は水も美味しいらしく、こんな水のみ場がありました。

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背には雪が残る山並みが見え、駅舎がさらに山小屋に見えてきます。

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東武日光駅とJRの日光駅を結ぶ道路沿いには、「JR新宿・東武日光直通特急列車乗り入れ記念」と銘打ったプレートが壁面に掲げられていました。

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東武日光駅とJR線の日光駅とは徒歩数分の距離。こちらの駅舎も「関東の駅百選」に選定されています。東武日光駅と違い、気品と威厳を併せ持つ洋館風の建物となっています。

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洋館風と雪山のコラボもまるで絵画のように見えてきます。

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正面の「庇」には日光東照宮でお馴染の「鳴竜」が、ここでも描かれています。手を叩くと鳴くそうです。

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駅舎2階は、現在はギャラリーとして一般開放されていますが、過去には1等車利用客専用の待合室だったそうな。ヂャンデリアが豪華な雰囲気をかもし出しています。

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入場券を購入しホームに入場しました。大正天皇が利用したという貴賓室が当時のまま残っていますが、普段は一般公開はされていません。

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有名観光地の玄関口として機能していた当時は、多くの団体客で賑わってであろう団体用改札口は、現在ではあまり利用されていないようでした。

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わざわざホームに入場した理由のひとつは、「けごん1号」からの車窓で東武日光駅に到着する間際に見えたJR日光線の107系で、見たことのないカラーリングが停まっていたので、見たかったのです。残念ながら次にやってきたのは通常の107系。《JR日光線日光 1/160 Av4.0 露出補正0 ISO80》

帰宅後、調べてみたらちょうどこの日からJR日光線の観光路線化と沿線の活性化を目指して茶色を基調としたシックなデザイン車両が運転開始したそうな。順次、このデザインに置き換えられてゆくそうです。

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東武日光駅に戻り、下今市へ移動することに。乗車予定の下今市行き普通列車は終点で特急スペーシアと接続を図るため「特急連絡」という特殊な列車種別が見られます。となりに停車中は野岩鉄道用6050系。《東武日光線東武日光 1/320 Av4.0 露出補正0 ISO80》

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さすがに、この時間で下今市止まりの普通列車には…すっかり車内は閑散ですww

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6050系では、最近では珍しい多層建て運転を行うため、誤乗防止策として車内にも行先表示器が装備されています。

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ボックスシートのシートピッチは1525mm。折り畳み式テーブルを装備しています。

下今市に移動します。

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2009年3月27日 (金)

TX、「筑波山梅まつり」「TX ドラえもん☆スタンプラリー」ヘッドマークを撮影しました

とある日、久々につくばエクスプレスのネタ車を撮影しに出向きました。

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一つ目のネタは、2月21日から開催している「第36回筑波山梅まつり」のPRを兼ねたヘッドマーク車両。昨年に増備された新2000系でした。《つくばエクスプレス線北千住付近 1/800 Av5.0 露出補正0 ISO160》

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二つ目のネタは、3月7日から開催されている「TXドラえもん☆スタンプラリー」のPRを兼ねたヘッドマーク車両。こちらは開業当時から運用されている2000系でした。《つくばエクスプレス線八潮付近 1/1000 Av5.5 露出補正0 ISO200》

「TXドラえもん☆スタンプラリー」ヘッドマーク車は4月12日まで運転しているので、機会があれば狙ってみてはいかがでしょう。

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2009年3月26日 (木)

鉄道博物館に行ってきました ~その他~

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皇族が乗車する”御料車”は、全面ガラス張りの中に保存されていました。

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2Fに上がると、エントランスには巨大なステンドグラスが。ところどころに列車が描かれていますね。

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風景や建物などの精密な模型で再現した世界の中を模型鉄道が縦横無尽に走りまわる模型鉄道ジオラマは、約25m×8mという鉄道をテーマとしたHOゲージのジオラマとしては国内最大の大きさで、線路総延長は約1400mあります。シアター状に配した200席のスタンドベンチと、こども用のシートや車いすスペースを設置。ゆったりと模型鉄道ジオラマの世界を見ることができます。

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遅めの昼食を、館内に店舗を設けている日本食堂にて。当時、食堂車で提供していたメニューを中心に、豊富なメニューを取りそろえ、車内販売でお馴染の駅弁も販売しています。僕が食したのは「ハチクマライス」。当時の従業員が食していたという賄い食。ご飯の上に鶏唐揚げや半熟卵が2個ずつ載っていて、カレールーがかかった丼ものです。スプーンでたいらげることができ、食べやすかったです。

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ラーニングゾーンのプラットホームには、車掌の戸閉め体験ができる103系電車がありました。元京葉線で使用されていたのか”快速マリンドリーム”の幕が表示されていました。

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屋外では、455系急行形交直流電車のそばを、E2系を模したミニシャトルが軽やかに走行して行きました。

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敷地外では、なにやら建設中の様子。博物館増設か?

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食事スペース用に183系特急形車両が開放されていました。

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屋上の展望スペースからは、側を走る新幹線の姿が。タイミングがあえば、ニューシャトルとの並走シーンも見ることができます。

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1Fヒストリーゾーンに所狭しと鎮座する展示車両たちを2Fから見下ろします。なかなか壮観な光景です。中央のターンテーブルは可動しながらC57形が汽笛を鳴らすミニイベントを行っています。

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そろそろ帰宅することに。D51形蒸気機関車が見送ってくれました。

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床に敷かれた時刻表ブロックを踏みながら最寄り駅の鉄道博物館駅に歩き出しました。大宮~東京は再び新幹線で。

一回だけでは全てを堪能するのは難しいですね。まだまだ見落としたり体験してみたいアトラクションもありましたし。客層も決してレールファン以外にも親子連れや若いカップルやグループの姿も多く見受けました。ちょっとしたテーマパークとして、これからも発展を続けてほしいと思いました。

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鉄道博物館に行ってきました ~鉄道による貨物輸送~

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DD13形ディーゼル機関車:入換用ディーゼル機関車の標準機。全国の貨物ヤードで活躍しました。

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EF66形電気機関車:日本国有鉄道(国鉄)が1968年から、日本貨物鉄道(JR貨物)が1989年から製作した直流電気機関車。国鉄最大の出力を誇った高速貨物列車用電気機関車です。

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EF66形はコンテナ貨物車両を連結していました。

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奥にあるレムフ10000形式貨車は、九州~首都圏を結ぶ鮮魚輸送に活躍した車掌室のついた冷蔵貨車。当時の荷積みの光景を再現。

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傍には信号機が点灯していました。今にも動き出しそうな雰囲気…。

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2009年3月25日 (水)

鉄道博物館に行ってきました ~新幹線の誕生~

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0系新幹線電車(カットモデル):1964年の東海道新幹線開業時に開発された初代の新幹線車両。1964年から1986年まで38次にわたり、改良を重ねつつ総計3,000両以上が製造されました。世界ではじめて200km/hを超える営業運転を達成し、航空機に範をとった丸みを帯びた先頭形状と、青・白塗り分けた流線形の外観で、初期の新幹線のイメージを確立。第8回(1965年)鉄道友の会ブルーリボン賞受賞。1964年の開業から、東海道・山陽新幹線用として足かけ44年にわたって運用されましたが、経年による老朽化から晩年は山陽新幹線区間のみの運転となり、2008年11月30日定期営業運転を終了、同年12月14日のさよなら運転をもって営業運転を終えました。

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傍には、東海道新幹線0キロポストがありました。

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200系新幹線電車:東北・上越新幹線用に新製された200系の先頭車。

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展示車両下部に入る込むことができます。

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ローアングルから台車など機器類が見ることができるのは貴重です。

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鉄道博物館に行ってきました ~全国に広がる特急網~

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クハ481形式電車:ほぼ全国の電化区間で使用された全電源対応特急電車の先頭車。館内では昭和30年代の上野駅を再現し、先頭部の列車愛称板の交換作業の様子をマネキンで再現しています。

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当時は紙コップによる冷たい水の飲める機械が設置されていましたね。

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クハ481形の車内。

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先述したように再現されている上野駅は、柱のビベット打ちやブザー、幕式の出発案内板までもあります。

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有人改札口の上には、列車案内板がぶら下がっていました。当時の上野駅を思い出し、とても懐かしくなる光景の一コマです。

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クモハ455形式電車:ほぼ全国で使われた長距離急行用交直両用電車。

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展示車両は、上野~仙台を結んだ急行「まつしま」となっていました。号車札も13号車…当時は急行列車も長大編成だったんですよね。

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クモハ455形の車内。

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ED75形電気機関車:日本国有鉄道(国鉄)が1963年から製造した交流用電気機関車。ほぼ全国の交流電化区間で使用されました。寝台特急「あけぼの」のヘッドマークを掲出し、反対側は…

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寝台特急「エルム」のヘッドマーク。上野~札幌の同区間を運転する寝台特急「北斗星」の補完的役割を果たしていました。

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2009年3月24日 (火)

鉄道博物館に行ってきました ~大量輸送と電化時代~

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EF58形電気機関車:高い人気を誇った戦後の標準型特急用直流電気機関車。

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ナハネフ22形式客車:日本国有鉄道が1958年に開発した初の固定編成寝台特急列車用客車。日本で初めて、同一系列・同一意匠の車両による「固定編成」を組むことを前提に設計された客車であり、冷房装置や空気ばね台車の装備などで居住性を大きく改善した画期的な車両でした。青一色に統一された外観はデザイン的にも優れ、以後の客車寝台特急も含めて”ブルートレイン”と呼ばれる起源となりました。1958年10月から、東京~博多間特急「あさかぜ」に投入され、運行を開始。1986年11月に定期運用を終え、1998年までに全車廃車となりました。最初に投入された列車にちなみ”あさかぜ形客車”と呼ばれ、その設備の優秀さから登場当時は”走るホテル”とも評されました。ナハネフ22形車両は車端部が車掌室と展望室の半室構造。

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旅客運行中に、係員による寝台のセットや解体が行われていました。

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ナハネフ22形の寝台車内。当時は3段式でした。

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クモハ101形式電車:1957年に登場した日本国有鉄道(国鉄)の直流通勤形電車。国鉄初の新性能通勤電車であり、首都圏・関西圏の通勤路線で使用されました。

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クモハ101形車両の前には、同車両の台車があり、運転操作が体験できます。

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クハ181形式電車:国鉄初の特急電車151系を基に、勾配線区のために主電動機を強化。上越線で使用。

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当時は特急形車両にも、差込型サボが使用されていました。

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クハ181形の車内。

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当時の背面テーブルは、かなり小さめですね…。

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当時の車内販売を再現したマネキン。

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鉄道博物館に行ってきました ~特急列車の誕生と通勤輸送の始まり~

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C51形蒸気機関車:日本国有鉄道の前身である鉄道院が1919年に開発した、幹線旅客列車用の大型(のちには中型)テンダー式蒸気機関車。当初18900形と称したが、1928年5月にC51形と改名されました。1750ミリ動輪を採用した国産初の本格的な高速蒸気機関車でもあります。

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C57形蒸気機関車:特急・急行列車の牽引に活躍した旅客用テンダー式蒸気機関車。ほっそりとしたスマートで綺麗な車体であることから”貴婦人(きふじん)”という愛称を持っています。また”シゴナナ”とも呼ばれますね。D51形に並ぶ日本を代表する蒸気機関車です。

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マイテ39形展望客車:東海道本線の特急用一等展望客車。桃山様式の荘厳な内装を施しています。

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クモハ40形式電車:1932年から1942年にかけて日本国有鉄道の前身である鉄道省が製造した、車体長20m級3扉ロングシートの通勤電車。鉄道省の電動車としては初めて全長20m級の鋼製車体を採用した電車です。

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当時の通勤通学の光景を、クモハ40形の車内で再現。

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2009年3月23日 (月)

鉄道博物館に行ってきました ~全国に広がる鉄道網~

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ナデ6110形電車:かつて日本国有鉄道の前身である鉄道院、鉄道省に在籍した直流用電車。国産最古のボギー台車式大型電車で、鉄道記念物に指定されています。東京地区で使用されました。

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大正時代の乗車風景を再現したマネキン。

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ED40形電気機関車:日本国有鉄道の前身である鉄道院が1919年から製造した直流用電気機関車。初の国産電気機関車で、信越本線横川~軽井沢間のアプト式区間で使用されました。展示車両の傍には横軽の最大勾配角度である66.7‰の標識が立っています。準鉄道記念物に指定されています。

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運転台は横川寄りにのみ設けられた片運転台型で、軽井沢方は連結器上に張り出す形で抵抗器室が設けられています。

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電源は、地下鉄銀座線のように第三軌条式を採用。ラックレールとギアを噛み合わせることで勾配区間を登っていました。

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ED17形電気機関車:日本国有鉄道並びにその前身となる鉄道省が、1930年から1950年にかけて、旅客用電気機関車等の改造により製作した直流用電気機関車。東海道本線の電化に備え、イギリスより輸入されました。

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キハ41000形気動車:初の本格的な大型ガソリンカー。国鉄で廃車後、遠州鉄道、筑波鉄道などで使用されました。

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キハ41000形の車内。

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鉄道博物館に行ってきました ~日本の鉄道の黎明期~

これの撮影の後、鉄道博物館に向かうべく東京駅へ。

先日の撮影イベントとセットになっている今回の商品。東京~大宮を新幹線自由席を利用できます。平日データイムとあってE4系2階席も乗客はまばら。落ち着いた気分で向かうことができました。大宮からニューシャトルに乗り、一駅進むと…

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2007年10月に、車体解体場跡地に開館した「鉄道博物館」。ようやく初探訪です。シンボルマークは鉄道車両の車輪をデザイン化。

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3階建てですが、吹き抜け構造になっており、とても開放感があります。

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ゲートは首都圏駅と同様に、ICカードをかざすタイプ。Suica・PASMO・ICOCA・Kitacaで入館可能です。

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今回は、受付でICカードの入館証をもらい、いざ入館。鉄道創世記から現代までの鉄道車両が8つのテーマに分かれて展示されている、1Fのヒストリーゾーンを中心に見学することにします。

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150形蒸気機関車:1872年、日本で最初の鉄道開業に際してイギリスから輸入された蒸気機関車5形式10両中の1形式で、1両のみが輸入されました。1号機関車とも呼ます。国の重要文化財に指定されています。

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明治時代の3等客車を模した展示車両の屋根上にしゃがみこむマネキンが。これは何をやっているのでしょうか。

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7100形蒸気機関車:1880年の北海道初の鉄道(官営幌内鉄道)の開業にあたり、アメリカから輸入された蒸気機関車で「弁慶号」の愛称があります。

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開拓使号客車:1880年に開業した北海道で最初の鉄道である官営幌内鉄道で使われた開拓使等の政府高官専用の特別客車。

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千葉都市モノレールのヘッドマーク車両を撮りました

とある平日に、千葉都市モノレールを初撮影に出向きました。ネタは「パスモ記念」ヘッドマーク車両。

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そのネタ列車の前に、昨年3月に開業20周年を迎えた際に登場した1000形記念ヘッドマーク車両が、未だ数編成で運転されていたのを目撃したので、まずはそれを撮影することに。《千葉都市モノレール2号線千葉公園付近 1/1250 Av4.0 露出補正+2/3 ISO200》

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やがて同社のマスコット”モノちゃん”のイラストがあしらわれている「パスモ導入記念」ヘッドマーク車がやってきました。《千葉都市モノレール2号線千葉公園付近 1/1250 Av4.0 露出補正+2/3 ISO200》

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千城台側と千葉側とでヘッドマークデザインが異なっていました。《千葉都市モノレール2号線千葉公園付近 1/1000 Av4.5 露出補正+2/3 ISO400》

14日からパスモ利用を開始した千葉都市モノレール。記念ヘッドマーク運転期間は17~19日と短期間でしたが、いいタイミングで撮影することができました。

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2009年3月17日 (火)

上毛電気鉄道を撮りに行ってきました

「18きっぷ」を使ったお出かけ第2弾は群馬県の中小私鉄、上毛電気鉄道を撮りに行きました。過去にも何度か訪れたことのある路線ですが、今回は三つほど撮りたいネタが溜まっていたので、それ狙いに訪れました。

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JR前橋駅から徒歩十数分で上毛電気鉄道の起点駅である中央前橋に辿り着けます。総ガラス張りの近代的な駅舎です。快晴となったこの日、駅舎内にも日がたっぷりと降り注ぎます。

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1日乗車券を購入し、ホームに入ると赤い前面の700型が停車中。《上毛電気鉄道中央前橋 1/100 Av4.0 露出補正-2/3 ISO80》

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円形のヘッドマークが掲出されていました。よく見ると、今春に開催される全国センバツ高校野球大会に、地元の前橋商業高校が出場するのを祝すものでした。

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中央前橋方が胴上げシーンの画像を使っているのに対して、西桐生方は野球帽を飛ばすシーンの画像でした。

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出発待ちの間に、隣の番線にもウグイス色の列車が到着。同線の車両は全部色違いなので、何色がやってくるのかが楽しみでもあります。《上毛電気鉄道中央前橋 1/1000 Av5.6 露出補正-1 ISO80》

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こちらは新入学を祝福するようなデザインの”桜電車”。車内には造花の桜が飾り付けられています。

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この日に訪れたネタのひとつが、デハ101号車牽引による砕石散布の実施。定期的に行われているのですが、未だ見たことがなかったのです。散布場所と思しき区間には、多くのレールファンの姿がありました。そして…うっすらと雪が残る赤城山を背に、作業員の乗った砕石列車がゆっくりと散布しながら走ります。《上毛電気鉄道新里~新川 1/1250 Av4.5 露出補正-2/3 ISO80》

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砕石列車の後を追うように多くのレールファンはサーッと一気に引き上げて行きましたw僕は場所を変えて、種車である京王井の頭線3000系と同じく”レインボーカラー”の700型を可能な限り撮影することに。まずは、平成10年11月に運転を開始した「フィヨルドグリーン」。《上毛電気鉄道粕川~膳 1/1000 Av5.5 露出補正-1/3 ISO125》

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平成11年1月より運転開始した「ロイヤルブルー」。《上毛電気鉄道粕川~膳 1/800 Av5.5 露出補正-1/3 ISO100》

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中央前橋から乗車したのは、平成11年3月に運転を開始した「フェニックスレッド」。《上毛電気鉄道粕川~膳 1/1000 Av5.5 露出補正0 ISO125》

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平成11年5月に運転開始した「サンライトイエロー」。車内を青色の空間にし、水族館を思わせるような装飾を施している”はしる水族館”列車として運行中。《上毛電気鉄道粕川~膳 1/1250 Av5.0 露出補正-1/3 ISO100》

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中央前橋で見かけた”桜列車”こと「ミントグリーン」は平成12年4月に運転を開始した車両。《上毛電気鉄道粕川~膳 1/1000 Av5.5 露出補正-1/3 ISO160》

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僕の撮影していたポイントに、にわかにレールファンが集まってくると、やがて西桐生方からデハ101号車が単行でやってきました。砕石列車運行後、新里~大胡を臨時列車運転しました。中央前橋方は円形のサボで「中央前橋-西桐生」の表示。《上毛電気鉄道粕川~膳 1/800 Av5.5 露出補正+1/3 ISO160》

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非貫通の西桐生方は四角形のサボで「大胡」と表示。《上毛電気鉄道粕川~膳 1/800 Av5.5 露出補正-1/3 ISO200》

この日は、最新色である「ゴールドオレンジ」を見たかったのですが、あいにく大胡車庫で寝ていました…。またの機会を楽しみに上毛の地を後にしたのでした。

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2009年3月16日 (月)

ひとつの夜行列車時代の終焉

3月13日をもって廃止された夜行列車があります。東京~大分・熊本を結ぶ寝台特急「富士・はやぶさ」です。

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今回の廃止は、単にひとつの列車が無くなるというだけでなく約半世紀に及んで運転されてきた東海道本線からの寝台列車”ブルートレイン”に終止符が打たれることでもあります。

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30歳代以上の方々には「ブルトレブーム」を経験し、子供ながらに東京駅に通い、列車の撮影に興じた方も多いことでしょう。

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夜行列車が衰退していった考えられる要因は幾つかあります。新幹線や航空機や高速バスなどの普及または高速化、車両の老朽化、JRに分社化されたことによる複数社間に跨る長距離列車運行へのダイヤ上の弊害などなど…。安価な宿泊施設も充実したことも影響しているでしょう。寝台料金で、一般的なビジネスホテルに宿泊できますから。夜行列車に感ずる哀愁や旅情を求める旅客も残ってはいますが、もはや、それらのニーズに応えられるだけの余力が残っていないのかもしれません。以前のように食堂車を連結しておらず、また、カーテンで仕切られているだけのベッドで他人と一晩を過ごすことへの抵抗から敬遠する人も増えたと聞きます。

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”ブルートレイン”という愛称をもつきっかけとなった青い車体の寝台列車が東京駅から見納めになります。明日から、今まで発着していた9・10番ホームには、伊豆方面への特急と電車寝台特急「サンライズ瀬戸・出雲」、そして「湘南ライナー」のみと顔ぶれも一段と寂しくなります。「ひとつの輸送形態の終焉」…幼き時代から当たり前のように見続けてきた光景が、過去の思い出と化しました。マスコミも中継したりと話題に上げたこともあり、運行最終日はどの駅でもレールファンなどででごった返したようです。僕は、家で時刻表を眺めつつ、最後の力走を無事に終えてくれと願い、静観していました。

”ブルートレイン”以外の夜行列車でも今回のダイヤ改正で動きがありました。

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上野~長岡の牽引機関車がEF81形からEF64形に変更となった寝台特急「あけぼの」。

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臨時化された快速「ムーンライトえちご」。

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373系から183・189系車両に変わり、臨時化された快速「ムーンライトながら」。

毎年、ダイヤ改正のたびに活躍の場が狭まってゆく夜行列車。時間をかけて長距離を移動する贅沢は、もう味わえなくなるのでしょうか…。

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2009年3月 9日 (月)

JR、「横浜線開業100周年記念」ヘッドマークを撮りました

これを作成しているときに気づいたネタがありました(汗)JR横浜線も開業100周年を迎え、記念ヘッドマーク車両を運転していますが、それを記事にするのを忘れてましたww

横浜線は、1908年9月23日に横浜鉄道として東神奈川~八王子が開業。横浜港に群馬県や三多摩地域で生産された生糸を運搬することを目的に敷設された鉄道でした。昨年に開業100周年を迎え、8月から記念ヘッドマーク車を6編成用意し、運行されていました。

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ヘッドマークは2種類。103系で運用されていた頃、前面に「横浜線」と掲げられた往事を思い出させるデザインで、”100周年”が緑文字になっています。《JR横浜線相原付近 1/1250 Av5.0 露出補正-2 ISO125》

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もう1種類は”100th”が赤文字のタイプ。《JR横浜線長津田~成瀬 1/1250 Av4.5 露出補正-2/3 ISO160》

掲出期間は、おそらく8月末くらいまでかと思われます。まだ、撮影がお済でない方はぜひ記録を。

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2009年3月 8日 (日)

伊豆箱根、「駿豆線開業110周年記念」ヘッドマーク車を撮りました

今春も18きっぷが発売され、私もさっそく購入しました。そのお出かけ第1弾は静岡地区へ。岳南鉄道もチョイ乗りしたりしましたが、今回のメインは「駿豆線開業110周年記念」ヘッドマークを掲出した伊豆箱根鉄道の撮影。

駿豆線は、前身である豆相鉄道が1898年5月20日、三島町(現:三島田町)~南條(現:伊豆長岡)を民鉄として静岡県内で初めて蒸気機関車を走らせて開業したのが始まり。その後、同年6月に三島町から三島(現:JR御殿場線下土狩)、翌年7月に南條~大仁、1924年8月に大仁~修善寺が開通。1933年12月、国鉄(現:JR)東海道本線丹那トンネル開通に伴い、三島駅を現在の三島に移転し、現在の駿豆線となりました。

これを記念し、昨年5月20日からヘッドマーク車を運転していましたが、なかなか足を向ける機会がなく…今回、ようやく訪れることができました。

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三島に到着し、駿豆線のりばに行くと、なんともタイミングが良すぎ♪さっそくお目当てのヘッドマーク車両である3000系2次車(ステンレス車)が停車中でした。《伊豆箱根鉄道駿豆線三島 1/200 Av4.0 露出補正-2/3 ISO80》

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デザインは、「IZUHAKONE」のレール上を、開業当時に走っていた蒸気機関車(煙突の形がそろばんの玉に似ていることから”そろばん玉”と呼ばれていた)が、110周年の客車を牽引している様子を表現し、カラーは「IZUHAKONE」がブラックでその他が現在の電車でも使用されているライオンズブルーです。

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駅撮り後、その列車に乗り込み、外部からも撮影を敢行することに。ヘッドマーク車両は3000系2編成が対象のハズなのですが、この日はもう1編成に会うことはできませんでした。…が、その代わりというべきか3000系鋼製車による「江間・韮山・長岡 いちご狩り 開園中」と表記された観光PRヘッドマーク車両と対面。《伊豆箱根鉄道駿豆線三島二日町~大場 1/1250 Av3.2 露出補正-2/3 ISO80》

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7000系による「いちご狩り」ヘッドマーク車も現れました。《伊豆箱根鉄道駿豆線三島二日町~大場 1/800 Av4.0 露出補正+1/3 ISO200》

そういえば、元西武101系とかの運用は見られませんでしたね~。「開業110周年記念」ヘッドマークは今月末まで掲出しています。まだ、撮影に訪れていない方はいかがでしょう。運が良ければ富士山も拝めますよ。

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2009年3月 2日 (月)

JR、「ブルートレイン牽引機関車撮影会」に行ってきました

3月14日のダイヤ改正で寝台特急「富士・はやぶさ」が廃止となりますが、長年にわたって運転された東海道筋のブルートレインの思い出に浸るべく、旧東京機関区(現田町車両センター)での電気機関車撮影会を1・2日に開催しました。

これは、びゅう企画商品で事前申し込みが必要なのですが、インターネットからの申し込みのみ、一度の申し込みで複数分は不可(つまり大人1名での申し込み)、さらに応募者多数の場合は定員100名に対し抽選を実施するという制約があったのですが、ダメもとで申し込んだら当選できました。

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会場の最寄り駅であるJR山手線田町駅から徒歩10分ほどで、指定された集合場所に着きます。門扉が閉じられていますが、この先の地下道を潜ると構内に出られます。コンクリートの壁面には、今回のイベント開催のお手製ポスターが。

撮影コースは1日あたり3コースに分かれていて、それぞれ定員100名となっています。コース名は東海道筋のブルートレインの愛称が使用されていて、私の参加したコースは「富士」でした。

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参加者全員が揃ったところで一斉に構内に入場します。旧東京機関区の油の染みた検修庫を抜けると、そこには3機が並んだ撮影会場となります。

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そこには、東海道筋のブルートレインの栄光を飾った名列車のヘッドマークが往年の名機とともにありました。まずは、EF65形501号機の「あさかぜ」。1956年から主に東京~博多を運行していた列車で、数多いブルートレインの先駆けとして、また東海道・山陽・九州線の代表格列車の一つとして知られました。2005年に廃止されました。

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EF65形1106号機の「さくら」。東京~長崎・佐世保を結んでいましたが、2005年に廃止。愛称名は2011年開業の山陽・九州新幹線直通列車で使用されることが決まりました。

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EF66形42号機の「富士・はやぶさ」。以前は、東京から日豊本線経由(富士)・鹿児島本線経由(はやぶさ)で西鹿児島(現鹿児島中央)までを結んでいました。当時の「富士」は”日本最長距離”列車でもありました。今回のダイヤ改正で廃止されることで、東海道ブルートレインは全廃となります。

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進化し続ける周囲の町並みとは別に、この一画だけ昭和が戻った感じです。

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参加メンバーの大半は”ブルトレブーム”を知る30代・40代以上の方々。皆それぞれの思い入れを感じながらシャッターを切っていたことでしょう。

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撮影会後は「さよなら寝台特急『富士・はやぶさ』記念弁当」をいただいて帰宅。このお弁当は後日企画販売されるもので先行入手といったかたちです。

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箸袋も、どことなくブルートレインっぽい彩色となっていました。

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中身は、黒米とカニフレークで”富士”を、はやぶさ形ニンジンで”はやぶさ”をイメージしていて、オカズ類は運転区間の主要地域の名物を取り込んでいます。

東京…ベッタラ漬け

横浜…シュウマイ

静岡…抹茶わらび餅

名古屋…味噌カツ

京都…豆腐と湯葉の揚げ煮

大阪…たこ焼き

山口…有明海老素揚げ

福岡…高菜炒め

大分…椎茸煮

熊本…辛し蓮根

できれば、「富士・はやぶさ」の惜別乗車しながら食べたかったなあ。

今回の会場となった田町車両センターも数年後には都市再開発のため大幅に整理されるので、在りし日の旧東京機関区に足を踏み入れることができたのは、とても貴重なものとなりました。

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2009年3月 1日 (日)

JR、今年も583系「ゲレンデ蔵王」運転

今冬も、仙台車の583系による団体列車「ゲレンデ蔵王」が、ほぼ毎週金曜に大船→山形に運転されました。

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帰宅するサラリーマンが次から次とホームに吐き出される東海道線や根岸線などと違い、一風穏やかな空気が流れているのは、とても異様(この場合は威容かw)かつ新鮮でした。《JR横須賀線大船 1/13 Av4.0 露出補正-1 ISO400》

波動運用とはいえ、いまだ現役の国鉄型車両。頑張ってほしいものです!

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土・日きっぷで北越急行・大糸線めぐり ~頸城大野→信濃森上→帰京~

糸魚川からやってきた”スカ色”の車内には筒石駅を探訪していた山さんもおり、再合流。

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次に訪れたのは信濃森上駅。昔は当駅を始発や終着となる優等列車もありましたが、近年無人駅になってしまいました。

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入り口そばの内壁には、木製の駅名看板が掲げられていました。

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白馬村は長野オリンピック開催地でもあります。駅周辺には岩岳スキー場があるせいか、思ったより駅前は商店や飲食店が軒を連ねていました。

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マンホールの蓋にもアルプスの山々が描かれています。南小谷から乗車した普通列車内でも、白馬大池辺りを過ぎた辺りから車窓いっぱいに現れたアルプスの雪山に圧倒され、声をあげた乗客も多かったです。

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そんな雄大な山々をバックに走る大糸線列車を取り込みます。《JR大糸線信濃森上~白馬大池 1/1250 Av6.3 露出補正-1/3 ISO80》

この撮影後、信濃森上から乗車した列車で山さんと、今回の汽車旅のフィナーレとなります。彼はこのまま途中駅をぶらりしするそうです。

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僕は、白馬で下車し後からやってきた特急「あずさ26号」で帰京しました。もう1箇所で撮影を敢行する余裕はあったのですが、曇ってきて山々が見えづらくなってきたのと強い北風が吹いてきて、一気に気持ちが萎えましたw

今回も出先で、いろんな方と巡り合いましたぁ。新潟からフリーきっぷでやってきた学生。夕方から飲み会があるにもかかわらず、撮影しにやってきた男性。カップルでレールファンという人…。雪は、決していいコンディションではありませんが、その季節を一番表現できるアイテムとして捉えると、結構雪景色は気分を高揚させてくれます。お疲れ様でした。

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土・日きっぷで北越急行・大糸線めぐり ~糸魚川→頸城大野~

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降りたのは無人駅の頸城大野。

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駅名看板が、さらに鄙びた雰囲気をかもしだしています。

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冬山をバックに大糸線旧型車両を撮影したく、ここを選択しました。小滝や平岩といった定番撮影地も候補に入れていたのですが、この辺りだと次の上り列車までに2本撮影が可能なので、”質より量”を優先した感じですw冬山からの雪解け水であろうか、小川のせせらぎには川幅が狭いながらも勢いがありました。

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撮影地を求め歩いていたら、クルマでやってきていた中年女性がカメラを向けている姿がありました。国鉄型車両に対する思いもひとしおなのか。旧国鉄標準色のキハ52形がやってきました。《JR大糸線頸城大野~姫川 1/800 Av5.0 露出補正-2/3 ISO160》

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そして私の乗ってきた”スカ色”キハ52形も折り返してきました。《JR大糸線頸城大野~姫川 1/640 Av5.0 露出補正-1/3 ISO100》

澄んだ空気の中での撮影を終え、南小谷方面へ南下します。

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