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2009年7月に作成された記事

2009年7月28日 (火)

北陸フリーきっぷで、北陸の鉄道旅 ~加賀一の宮→新西金沢/西金沢→金沢/北鉄金沢→内灘→北鉄金沢/金沢→帰京~

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加賀一の宮からそのまま金沢に戻るのは変化がないので、新西金沢で下車。

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隣接した形でJR北陸本線の西金沢があります。北陸鉄道車両の甲種輸送の際に使用されるための一時的な渡り線が確保されています。

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西金沢から普通列車で金沢に戻るのですが、列車待ちの間に特急「サンダーバード32号」が通過。先頭車は今年デビューした683系4000番台でした。《JR北陸本線西金沢付近 1/800 Av5.5 露出補正-1/3 ISO200》

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次は、北鉄金沢~内灘の浅野川線に乗車します。頭端式1面2線の地下ホームです。

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同線で使用される車両は元京王3000系の8000系。

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1974年まで、一駅先に粟ヶ崎海岸(臨時駅)がありました。

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旅客ホームの隣には車両基地が併設されています。

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内灘に到着した列車の行き先表示幕が回転し、2006年に廃止となった「急行」幕が出てきて、ちょっと嬉しかったり♪

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無事、北陸鉄道線完乗を果たし、意気揚々と金沢に戻り、いよいよ北陸の地を離れるときがやってきました。加賀人形の郵便ポストともお別れ。

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ちょっとコミカルなお土産を購入しました。一見するとマンガ本みたいなパッケージのミルクチョコサンドクッキー。「北陸三県隊 vs エチゼンクラゲー」との決死の戦いが笑えますww

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北越急行車の681系特急「はくたか23号」で金沢を後にします。

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2対1の座席配置となっているグリーン車の利用。満席御礼の利用状況でした。

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駅弁とアルコールを仕込んで、いざ出発!「焼さば寿司」をツマミに缶ビールを開けます。脂の乗ったサバにこんがりと焼き目をつけて押し寿司にしてあります。見た目からしても香ばしく、酢飯とサバの間に挟みこんだ刻み生姜も、サバの味を引き出すアクセントになっています。

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帰京の道中が長いので2つ目の駅弁も購入していました。よく見るとアルコールも2杯目にチェンジしてますね(笑)売店お薦めだったのが「利家御膳」。加賀前田藩藩主である前田利家。その名が付いた駅弁で、黒塗りの大名籠をイメージした二段重ねの弁当は、前田藩の歴代藩主が宴の席などで食されていたという文献を基に現代風にアレンジしたとか。

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1人席をゲットした小金井シンさんも、無心でむさぼり続けていました(笑)

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山並みを背に広がる田畑を車窓から望みながら…やがて暫しの眠りにzzz

その後、越後湯沢でE1系の上越新幹線「Maxとき348号」で東京に帰りました。

いやあ、相変わらず雨に祟られた汽車旅だったけど、それなりに紀行を巡れたので良しとしましょうかww

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2009年7月27日 (月)

北陸フリーきっぷで、北陸の鉄道旅 ~金沢/金沢駅東口→野町→鶴来→加賀一の宮~

加賀温泉から683系特急「しらさぎ3号」で金沢に戻りました。当初は約1時間程度の滞在時間があったのですが、駅構内にあるコインロッカーが軒並み満員で大わらわ!やむなくJRの一時預かり所のお世話になることに。まあ、コインロッカー代とさして変らない預かり料だったからいいようなものの…JR西日本さん、金沢駅のコインロッカーをもっと充実させてください!

金沢駅東口バス停から「シティライナー」という路線バスに乗り、北陸鉄道石川線野町に移動。約20分の乗車ですが、途中、市内髄一の繁華街である香林坊を経由するため、そこまでの車内は、かなりの混雑でした。

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市の中心部から少し外れた辺りに位置する野町。他社線との接続もなく、金沢駅や兼六園、香林坊などへはバスでの移動が主となります。今でこそ起点駅ですが、1972年までは一つ先の白菊町まで伸びていました。

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窓口で1日乗車券を購入。”金沢といえば金沢箔”と云われるほど金箔が有名ですが、その金沢箔を使用して作られたフリー乗車券です。デザインは4種類あり、私は「鉄道車両」が印刷されているタイプをセレクト。これを使って北陸鉄道線の完乗を目指します。まずは野町~加賀一の宮を結ぶ石川線から。

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やってきた列車の車内。元東急7000系を譲り受けた7000系です。ワンマン対応で精算機などが設置されている以外は、シートなどは東急時代と変らない様子。なお、3扉車ですが車両中央の扉は締め切り状態。

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途中の鶴来で下車します。元京王3000系の7700系上り列車と列車交換。

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1915年開業時の歴史深き年輪を重ねた駅舎。

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待合室付近のショーケースには、過去に使用されていた鉄道部品の数々を展示。

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鶴来は車両基地も併設されています。旅客線脇の引込み線には、かつて石川線などで活躍したモハ3750形が現在も留置されています。

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ED30形電気機関車の姿がありました。1976年貨物輸送廃止後は、主に除雪用に使用されているようです。

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今回、北陸鉄道乗車をプランに盛り込んだのには理由があります。実は、鶴来から先の加賀一の宮2.1kmが11月1日で廃止になるというのです。かつての北陸鉄道は石川県内に現有路線を含めて15もの鉄道路線を敷いていましたが、現在では僅か石川線と浅野川線の2路線のみで、経営の主力となっているのは路線バスや高速バスといったバス事業に代わっています。その路線でさえも部分廃止を繰り返している状況ということで、この機会に足跡を残そうと思い立ったのです。鶴来からも能美線というのが新寺井までを結んでいましたが、1980年に廃止されており、その名残を見ることが可能です。今回は滞在時間の都合で徘徊できませんでしたが、機会があれば探訪したいものです。

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そういった事情もあってか、鶴来はレールファンの姿を多く見ました。ほとんどが中高年の方々というのは、この路線の歴史の長さを物語っているのでしょうか。野町からやってきた元東急7000系の中間車を先頭車化改造した7200形で加賀一の宮を目指します。「加賀一の宮行き」表示を見られるのもあと数ヶ月です。

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風格ある木造駅舎の加賀一の宮。石川線の終点です。

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かつては神社参拝客で賑わいをみせていたそうですが、現在は無人駅。

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思ったよりも緑深い場所に駅があるんですね。

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1987年まで、ここから白山下まで金名線が伸びており、ホームも2面2線でした。現在はすっかり草生してしまっています。

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駅舎の窓には、こうした存続活動をアピールするチラシが貼られていました。率直な感想を述べるならば、今回廃止となる中鶴来と加賀一の宮の両駅は既に無人駅であること、加賀一の宮まで運行する石川線の運転本数が全体の半数以下であること、なにより公式発表によると1列車あたりの輸送人員が5人程度では、もはや鉄道輸送としての役割は失っているかもしれません。ただ、今年末からの神社参拝客や、電車に自転車を持ち込める「サイクルトレイン」サービスを利用して市中心部に出ている人(この日も数台の利用客がいました)などにとっては、今後不便を強いられるのでしょう。地元の足が奪われてしまうのは残念なことです。

そんな様々な思いを抱きながら加賀一の宮を後にしました。

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2009年7月26日 (日)

北陸フリーきっぷで、北陸の鉄道旅 ~加賀温泉→金沢~

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おはようございます。ちょいと早起きをして、宿泊先そばを流れる新緑の清流を眺めながら散歩に繰り出しました。旅行最終日にして、ようやく快晴の中を出歩けそうです。

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宿泊先の建物です。

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玄関は庭園に入り込むような造り。

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木枠のミニ浴槽にも湯(水?)が張られていました。

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ここのお宿は玄関脇や館内にて飲泉ができます。あまり飲みすぎるとお腹を壊すから注意。

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さて、我々のお散歩の目的はというと…徒歩15分で到着したのが「道の駅 山中温泉湯けむり健康村」。

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実は、昨日の送迎バスの車窓から静態保存されている車両を見かけ、どうやら宿泊先から行けそうだと判断したため、朝の散歩がてら立ち寄ってみました。展示しているのは北陸鉄道6010系2両編成です。かつて、この辺りには山中と大聖寺を結んでいた山中線という鉄道路線があり、その路線のロマンスカーとして誕生した日本初のアルミ合金車両で「しらさぎ号」という愛称が付きました。しかし、路線はモータリゼーションの影響をうけ1971年に廃線となりました。

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幼少の頃の鉄道本に、この車両が掲載されていたのを思い出します。この犬っぽい前面の顔が印象的だったんです(笑)

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車両の細部を見てみましょう。車体幅いっぱいまで広がった幌。

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北陸鉄道の社紋。現地で保存後に復元されました。

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製造元は日本車輌。この車両製作を機に企業として急成長を遂げたそうです。

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通常は車内見学もできるようですが、まだ6時代なのでそれは無理…。窓ガラスに反射して見づらいですが、車内を撮影してみました。転換クロスシートが並びます。思いのほか保存状態は良いようです。往時の車内の賑やかさが想像できそう。

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実は足回りなどはコスト削減のため旧型車からの流用品がほとんどだったそうで、そのため車重をカバーする必要があり、アルミ車体が誕生したという経緯があります。

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路線廃止後は大井川鉄道に譲渡され2001年まで余生を過ごしました。除籍後は処分保留のまま長らく千頭駅構内に留置されていましたが、2005年に市町村合併に伴い消滅する山中町より「地元の記念品として町内に展示保存したい」という申し出があり、里帰りが実現しました。なんとも心温まるエピソードです。

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宿に戻ると朝食の準備の頃合いでした。宿での朝ごはんって、どうして普段より食が進むんでしょうかぁ。ご飯を4杯もおかわりしちゃいました(笑)

チェックアウト後、送迎バスにて加賀温泉駅まで送ってもらいました。

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金沢に戻るまで暫くをこの付近で滞在し、北陸本線列車を撮影することにします。まずは683系特急「サンダーバード14号」が通過。《JR北陸本線加賀温泉付近 1/800 Av4.5 露出補正0 ISO200》

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681系貫通型が先頭でやってきた特急「サンダーバード3号」。《JR北陸本線大聖寺~加賀温泉 1/800 Av5.5 露出補正0 ISO160》

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683系特急「しらさぎ6号」。《JR北陸本線大聖寺~加賀温泉 1/800 Av5.5 露出補正0 ISO200》

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元急行形車両475系は、ローカル列車として今も現役。《JR北陸本線大聖寺~加賀温泉 1/640 Av5.5 露出補正0 ISO200》

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急行形車両から近郊形改造を受けて誕生した413系。《JR北陸本線大聖寺~加賀温泉 1/640 Av5.5 露出補正0 ISO200》

線路脇には青々と茂った田畑が広がり、いいアクセントになりました。さて、金沢に向かいましょう。

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2009年7月25日 (土)

北陸フリーきっぷで、北陸の鉄道旅 ~能登中島→穴水→和倉温泉→加賀温泉~

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のと鉄道の終点、穴水に到着。

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以前は、ここから輪島や蛸島へと分岐していましたが、輪島方面は2001年、蛸島方面は2005年に廃止されました。現在も分岐駅だった当時の名残を垣間見ることができます。

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能登線列車が発着していたホームには、当時の駅名板が残っています。

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現在は、その0番線に廃車となった、のと鉄道NT100形気動車が留置されており、往時を偲ばせています。

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穴水まで進んだことで、のと鉄道の完乗を果たした後は和倉温泉まで戻りました。当駅始発の特急に乗り込み、この日に宿泊する加賀温泉に向かいます。和倉温泉到着時、隣には681系特急「はくたか」が停車中。

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和倉温泉駅は、その名のとおりに温泉地の玄関駅。改札口にも暖簾がかかっています。

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駅舎前には、大木の輪切りのようなものが!これは七尾市で開催される青柏祭に奉納される「でか山」の車輪。江戸時代に作られ、約200年間使用されていました。総欅造りで直径2m、重さは2tと日本一の大きさです。「でか山」は毎年5月の連休(3~5日)に昼夜七尾市内を曳行されます。

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681系普通車の車内。JR西日本特急車の車内構成はとても落ち着きがありシートも背ずりが大きく、居心地がいいです。

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和倉温泉から乗車した特急「サンダーバード36号」は加賀温泉に停車しないので、金沢で後発の特急「雷鳥38号」に乗り換えました。「サンダーバード」に比べると車内はちょっと空き気味。こちらは国鉄型の485系。今となってはあの頃を偲ばせる車両自体が少なくなっているので、貴重な乗車となります。

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北陸を代表する鳥であり、北陸本線を代表する特急である「雷鳥」。ヘッドマークのイラストも、どこか誇らしげに見えます。私にとって名列車の一つです。16:41加賀温泉着。ここから温泉宿の送迎バスにて宿泊先まで送ってもらいました。

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フロントロビー内に鎧や九谷焼の大きい絵皿などが展示している和風温泉旅館に宿泊。部屋に通されるまでの合間に冷えた麦茶と和菓子のもてなしを受けました。

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今回お世話になる和室。まずまずの広さです。仲居さんに体つきを見られて私と小金井シンさんの浴衣をL→LLに変更されたのにはショックでした…。そんなにデカイかなあ(汗)

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さっそく風呂をもらい夜の宴です。部屋食なので周囲を気にせず、和気藹々と楽しめるのがありがたい♪場所柄、海産物が多いのも特長的ですね。ご飯は山菜釜飯でした。

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数種類の中から地酒を人数分無料セレクトできるプランにしてあったので、それぞれ銘柄を指定し、呑み比べを楽しみました♪(ほとんど私が呑んでいたけどww)

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小金井シンさんに快速AKB号さん、それぞれ舌鼓をうっております。

宴の後も再度お風呂を楽しんだりと、マッタリと夜を過ごしたのでした。

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2009年7月24日 (金)

北陸フリーきっぷで、北陸の鉄道旅 ~金沢→能登中島~

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翌朝、各自でチェックアウト。私も8時半過ぎに2005年に完成した金沢駅新駅舎へ。以前訪れたときは建設中だったのですが、こんな風になったとは!東口正面に巨大な総ガラス製ドーム「もてなしドーム」と木製の「鼓門」が構えています。かなり圧倒される大きさです。

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鼓門と交差点の間には噴水で表現する水時計のデジタル表示。

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駅構内の立ち食いそばで朝食。金沢ではポピュラーな白エビのかき揚げそば。

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ちょい早めに宿を出たのは、9:12発特急「雷鳥16号」を撮影するため。485系で運転される「雷鳥」は2011年に681系列で運転されている特急「サンダーバード」に統合されることが決まっており、早いうちに記録を残しておきたかったのです。さらに、「雷鳥16号」の大阪方にはパノラマグリーン車を連結。「スーパー雷鳥」時代に登場したクロ481形2000番台です。

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金沢方は貫通扉を埋め込んだ改造型の顔となっていました。これって好きじゃないんだよなー。

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”食パン”と呼ばれる、国鉄時代に特急形車両583系を郊外形車両に改造した419系。これも年代ものですが、現役で頑張っていました!

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全員合流し、本日は能登半島側に乗り鉄することに。七尾線の発着するホームの床面には、今は無き急行「能登路」の乗車位置を示す後が。

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2日目の今日も天気には恵まれず…七尾に着くころは雨だけではなく強風のオマケ付き(怒)

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コンコースには花火の玉が展示していました。七尾は花火の里なのでしょうか。

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みどりの窓口で販売している、のと鉄道の1日乗車券。この名称は方言で”つこうて(使って)ください””こうて(買って)ください”という意味。

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観光案内所では、のと鉄道グッズも取り扱っています。先ほど訪れた能登中島駅名標のキーホルダーをお土産に購入。

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七尾からは第三セクターの、のと鉄道に乗り換えます。

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雨風がひどいので、のと鉄道車内から七尾線車両の415系800番台を撮影。七尾線は北陸地区では珍しい直流電化路線。先頭車は青色の車体カラーに対し、中間車のみピンク系となっています。

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415系800番台は急行「能登路」にも運用されることがあったため、クロスシートをバケットタイプに変更、シートピッチも1700mmに拡大しています。

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全ての席が埋まった(おそらく大半は地元客)単行列車でやってきたのは能登中島。

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平日のみ駅員が配置されるので、訪れたこの日は無人駅。

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完全無人と思いきや、意外な住人が屋根の内側にいましたぁ♪

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雨が弱まるのを待ちつつ、待合室で先ほどの七尾で購入した駅弁「玉宝」を食すことに。薄焼卵で巻いた太巻スタイルの寿司が5個入ったお弁当で、 芯にかんぴょうと卵焼、海苔、でんぶが詰められた珍しい寿司駅弁です。何と言っても、外側が海苔でなく卵で巻かれているのが珍しいのですが、この薄焼卵は内側に焦げめがあり、これがとても香ばしくて卵の甘みも引き立ちます。芯に入っている卵焼も絶品ですがどこか懐かしく、素朴な味わいがとてもいいですね♪意外とボリュームがあり、腹にたまります。

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構内の側線(旧3番線ホーム)には、2車種の静態保存車両があり、それを見に行きたくてやってきました。雨足が弱まった頃を見計らって、そばに行ってみます。

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【国鉄オユ10形郵便車】昭和32年~46年の14年間に亘って、合計72両が製造された代表する郵便客車です。北海道から九州までの全国各地を、郵便物を車内で仕訳しながら活躍していた車両。鉄道郵便が廃止になった昭和61年を最後に全車が引退し、現在では国内にこの1両を含め2両のみ保存されています。とはいえ貴重な車両の割には雨晒しな扱いって…。

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【のと鉄道NT800形気動車】1988年のと鉄道誕生時に、急行「のと恋路号」として製造されたパノラマ気動車。たまに鉄道イベント時に車内開放をするそうですが、こちらも雨晒しのため痛みや汚れが酷いですねぇ…。見ていて痛々しいです(泣)

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反対側の側線にはラッセル車マルチプルタイタンパーが留置していました。

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上りホームの待合室壁面には、このような壁画が描かれていました。昔のこの地域の風景でしょうか。

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静態保存車両の横を現役車両がやってきました。

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七尾方面からも列車がやってきました。先に進むことにしましょう。《のと鉄道能登中島付近 1/160 Av4.5 露出補正-1/3 ISO200》

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北陸フリーきっぷで、北陸の鉄道旅 ~岩瀬浜→新港東口/堀岡→越ノ潟→庄川口→高岡駅前/高岡→城端→高岡→金沢~

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路線バスで終点の新港東口にやってきました。このバス路線の一部区間は、旧富山地鉄射水線だった路線区間を走っています。目の前には「堀岡発着場」と書かれた建物が。

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本日2回目の渡し舟に乗船です!この渡し舟は県営なので無料で利用でき、先ほどの路線バスの発着に合わせて運行しています。

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我々を含めて僅か4名の乗車で対岸へ。如意の渡と同様に、こちらにも建設中の橋(万葉大橋)が見えました。これが完成すると、この渡し舟も過去のものとなってしまうのでしょうか…。

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約5分の乗船で到着したのが越ノ潟。

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越ノ潟発着場からは万葉線が接続しています。朝方に高岡駅前~中伏木を乗車していますが、ここから残り区間の完乗を目指します。新型車両が停車中ですね。

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停車中の合間に快速AKB号さんを記念撮影♪

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万葉線で使用されている新型車両MLRV1000形は、富山ライトレールTLR0600形と同様の設計で明らかな違いは前面デザインくらい。

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土休日は車内アナウンスを万葉線沿線出身の落語家立川志の輔氏の声でお届け。彼の声が耳障りか否かは個人差があるかと思います…。その美声を聞きながら向かったのは庄川口。

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駅そばの土手からは、庄川を渡る万葉線を撮影できます。《万葉線庄川口~六渡寺 1/400 Av5.0 露出補正0 ISO200》

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早朝に乗車した旧型車両もやってきました。《万葉線庄川口~六渡寺 1/400 Av4.0 露出補正0 ISO400》

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万葉線で高岡まで乗車し完乗達成。そこからJR城端線に乗り、こちらも完乗を果たしました。駅舎は1897年開業当時のもの。

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高岡に戻ったときには19時を回っており、夜の帳が下りていました。

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夜は貨物輸送の繁忙時間帯でもあります。ホームで列車を待っている間にDE10形機関車が構内を走り回っていました。

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”レッド・サンダー”ことEF510形機関車も、出発準備OK。

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特急「はくたか20号」で20:18金沢着。さてさて、チェックイン前に晩御飯としましょう。当初は以前に訪れたカレー屋で腹を満たすつもりで駅前を歩いていたのですが、なかなか見つかりません!藁をも掴む思いで飛び込んだ、ちょっとお洒落な雰囲気のラーメン店で、私はラーメンとチャーシュー丼と鶏唐揚げを注文!いやあ、今日だったらこれくらい食えるって(爆)神戸・大阪で修業した店主が作るとんこつラーメンは、こってり、あっさりどちらでもなく、絶妙なバランス。あっという間に麺もスープも食べきってしまう旨さでした♪

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駅前のビジネスホテルにチェックインし、私だけ、金沢駅へ。普段、上野では見られない寝台特急「北陸」と急行「能登」の並びを撮影したかったのです。同一区間を特急と急行が運転するなんて、いまや貴重な存在です。

撮影後は小金井シンさんの部屋に合流し、ムフフな時間(おいおい!)を過ごしお開きとしたのでした(笑)

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北陸フリーきっぷで、北陸の鉄道旅 ~富山駅北→東岩瀬→岩瀬浜~

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下車したのは東岩瀬。この頃からようやく、天気が少しずつ回復傾向♪

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元々、富山ライトレールは2006年4月29日に開業するまではJR富山港線でした。駅の増設や列車の増発などの利便性を目的としたLRT化計画により第三セクター化され、路線のほとんどを既存区間を利用することになりましたが、駅舎などの施設は富山港線時代の面影を失いましたが、この東岩瀬だけ旧駅舎が残っているということでぜひとも訪れたいスポットなのでした。旧富山港線の前身である富岩鉄道時代からの駅舎だそうで、現在は休憩施設として利用されています。

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JR線時代は1面1線だった同駅は、国鉄時代は単式ホームを持つ2面2線構造でした。その一部は現在でも残っています。

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旧駅舎の向かいに現在の上りホームが設置されています。

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この区間は線路沿いに柵もないのでスッキリと撮影ができます。ライトレールの車両はTLR0600形という2車体連接車両で「ポートラム」の愛称を持っています。車体カラーは白を基調としたアクセントカラーが全部で7色あるのですがデータイムは4編成で運用しているので、この日に全色の撮影は不可能。というわけで運用に入っている4色を撮影することに。まずは第2編成のオレンジ。《富山ライトレール東岩瀬~競輪場前 1/640 Av3.2 露出補正-1/3 ISO400》

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第1編成のレッド。《富山ライトレール東岩瀬~競輪場前 1/800 Av3.5 露出補正-1/3 ISO200》

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第5編成のグリーン。《富山ライトレール東岩瀬~競輪場前 1/640 Av4.5 露出補正-1/3 ISO200》

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第4編成のイエローグリーン。《富山ライトレール東岩瀬付近 1/400 Av5.5 露出補正-1/3 ISO200》

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この段階で、私以外は先を進んでいて、私のみオレンジのポートラムに乗り込み、後を追います。《富山ライトレール東岩瀬付近 1/640 Av4.0 露出補正0 ISO200》

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実は、このオレンジ色ポートラムに開業3周年記念ラッピング車として、「花」「笑顔」をテーマに描いた子供の絵を車両全体に装飾。車内は子供部屋をイメージし、遊び心のある雰囲気に演出。

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外装は、世界中の子供たちが描いたという沢山の花や笑顔の絵が装飾されています。

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ポートラムの運転席。シンプルかつ洗練された、なんだかカッコいいデザインですねぇ♪

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同線には、ライトレールの運行時刻に合わせて駅に発着している「フィーダーバス」が運行されており車体カラーも、どことなくポートラムっぽい。

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岩瀬浜駅前でマッタリと過ごした後、路線バスに乗り込みました。乗客は我々を含めて6人…しかし、その3人はいずれも男性の高齢者グループで地元の方みたい。さっさと途中で降りちゃいましたwwさて、我々の行き先は…。

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2009年7月23日 (木)

北陸フリーきっぷで、北陸の鉄道旅 ~氷見→高岡→富山/富山駅前/電鉄富山/富山駅北~

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約4時間ぶりに高岡に戻ってきました。

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高岡の駅そばで朝食。雨に濡れた身体は温かいものを欲していたので「いなりそば」なるものを注文。薄々、もしやと思っていたのだが、やはり「きつねそば」のことでしたw北陸は関西圏とのつながりが古くからあるせいか、汁も気持ちアッサリめかも。この後、快速AKB号さんは口直しにと、好物のコーヒーを味わいにスタンドコーヒーショップに行きました。

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高岡駅地下商店街の紳士服店で、偶然にも万葉線グッズを発見!ネクタイやストラップなどありましたが、万葉線車両を描いたタオルを購入することに。

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食事後、JR北陸本線の普通列車に乗り込みます。車両は元急行形の455系。

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向かった先は富山。

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当初は氷見にて、ある程度の滞在を予定していたのですが、天候が悪いのと想定していた以上に商店も少なかったので…。おかげで予定にはなかった富山地方鉄道(以降、富山地鉄)車両を見る時間ができました。富山駅正面口には富山地鉄富山市内軌道線が走っています。旧型車両である7000形がやってきました。これは1957年~1965年に亘り製造され、当時の都電8000形をモデルにしたデザインだそうです。《富山地方鉄道富山市内軌道線富山駅前~新富町 1/400 Av5.5 露出補正-1/3 ISO200》

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唯一、旧塗装を維持する7018号車。

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1993年から登場した新型車両8000形。VVVFインバータ制御方式を採用しています。同路線は富山ライトレールと直通運転する計画があります。《富山地方鉄道富山市内軌道線富山駅前~新富町 1/320 Av5.5 露出補正-1/3 ISO200》

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富山駅の隣には、富山地鉄本線の起点である電鉄富山駅があり、「ESTA」という駅ビルの中にあります。

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滞在時間は長くないものの、せっかく来たので入場券を購入しホームへ。

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行き止まり式ホーム3面4線の構造。私の好きな富山地鉄のイメージ車両である14760形が停車していました。1979年に同社初の冷房搭載車として登場し、翌年にローレル賞を受賞した名車です。富山の県鳥である雷鳥をイメージした白とグレーの塗装は、現在では旧塗装の部類に入ってしまいますが、私はこのカラーリングが一番しっくりときます。

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元京阪の10030形。京阪3000系の頃はテレビも搭載したフラッグシップトレインでしたが、譲渡後は撤去され、塗装も黄色と、緑のツートンカラー(富山地鉄の新色)に置き換わってしまいました。

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ホームの両端にはヘッドマークや行先標置き場として掲出されており、レールファンには堪らない画となります♪

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電鉄富山を出て、地下道を通って北口に向かいます。途中には、可愛らしい時計塔が。

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富山駅北口からは富山ライトレールに乗車します。硬貨などでの支払いは可能ですが、同線では「passca」というIC乗車券を富山北駅近くの案内所で発行しており、記念品の意味も兼ねてこちらを購入し乗車します(運賃も40円安くなる)。

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同時に、案内所内にはグッズ売り場もあり、ライトレールのチョロQを購入しました。車体カラーは7色あるのですが、好きなオレンジで♪

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JR富山駅北口のほぼ正面に位置する富山駅北。2面2線の構造で、周囲のポールには花の装飾が施されていました。ヨーロピアンスタイルの車両に乗って完乗を目指すことにしましょう。

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北陸フリーきっぷで、北陸の鉄道旅 ~伏木→雨晴→氷見~

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下車したのは雨晴駅。

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駅名にもなっている「雨晴(あまはらし)」とは、京都から東北へ逃亡する源義経と弁慶が、この近くの岩陰(義経岩)にて雨が晴れるのを待っていたことに由来します。義経岩はJR氷見線の線路脇にあります。

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雨晴の海岸は能登半島国定公園に指定され、さらには「日本渚百選」にも選定され、それはマンホールにも描かれるほど。

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そんな氷見線きっての景勝地である日本海と女岩をバックに走る列車を撮影してみました。まずは、ご当地出身の漫画家である藤子不二雄氏にちなんだ”忍者ハットリくん列車”。《JR氷見線越中国分~雨晴 1/400 Av3.2 露出補正+1/3 ISO200》

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続いて”高岡色”のキハ48形。この日一番の横殴りの雨の状況での撮影でしたww晴れていれば、さぞかし素敵な景観だったろうに。《JR氷見線越中国分~雨晴 1/640 Av3.2 露出補正0 ISO400》

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駅に戻り次の列車を待っていると、先ほどの”ハットリくん列車”が戻ってきました。

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車体の至るところに「忍者ハットリくん」キャラクターが描かれています。中にはお魚まで。これは鰤かな??ちなみに車内放送もハットリくんの声だそうです。

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雨晴から氷見線の終着駅、氷見へ。

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待合室にも「忍者ハットリくん」キャラクター人形などが展示していました。

氷見線完乗を果たし、高岡に戻ります。

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北陸フリーきっぷで、北陸の鉄道旅 ~高岡/高岡駅前→中伏木→伏木~

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昨夜、23:33に上野を発った急行「能登」で下車したのは高岡5:56着。あいにく天気は雨…。

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駅前には現在の富山県にあたる「越中国国守」という役職に就いていた政治家、大伴家持の像が。彼は歌人としての才能も発揮し、「万葉集」に473首もの歌が収められているほど。

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同じく駅前には万葉線乗り場があり、コインロッカーに大荷物を預け、我々はこれに乗り込みます。

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車内で1日乗車券を購入します。今年は地元富山県から輩出した藤子不二雄さんに准え、「ドラえもん1日フリーきっぷ」として季節ごとに絵柄の変わったフリーきっぷを発売します。我々の購入したデザインは七夕をイメージした夏バージョン。

しかしここで!私が道中に必要な別のきっぷを所持するのを忘れたことが発覚!止む無く私だけ二つ目の電停で降り、高岡駅に戻ることに…。

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まだ6時台なので次の列車がやってきたのは30分後!お!しかもやってきたのは万葉線の前身である加越能鉄道時代の車両であるデ7070形。最新型車両が増えている同線において、早々に旧型車両に巡りあえるのは不幸中の幸いか。《万葉線高岡駅前~末広町 1/250 Av4.0 露出補正-1/3 ISO400》

とはいえ、当初は万葉線の車庫のある米島口に立ち寄る予定でしたが、とても無理!

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車内には仄かに油臭さを感じます。旧型車ならではですね。

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万葉線は、経営悪化の一途を辿っていた加越能鉄道から2002年に事業譲渡され誕生した第三セクター。路線愛称名は、前述の大伴家持氏の絡みから付きました。

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先行していた二人とも車内で合流を果たし、全員で下車したのが中伏木。

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駅から徒歩数分で到着したのが「如意の渡」と呼ばれる渡し舟の船着場。

小矢部川の両岸を結ぶこの渡し舟の歴史は古く、昔から交通路として利用され、輸送大動脈としての役割を果たしていたのはもちろんのこと、中世の「義経記」に登場する如意渡とは、この渡し舟を指しています。

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そんな由緒ある渡し舟も、8月2日で幕を下ろすことを知り、ビックリ!実は小金井シンさんと快速AKB号の二人は以前に同エリアを探訪していて、近くに橋を架ける話は知っていたそうなのですが「こんな早くにその日が来るなんて…」と、驚きを隠せない様子。

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その「伏木万葉大橋」を横目に、船が対岸からやってきました。

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この便での乗客は我々だけ。渡し舟に替わる新しい橋の下を潜って行きます。

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僅か5分の乗船で小矢部川を渡りました。ちなみにこの渡し舟は万葉線の1日乗車券で利用できます。

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伏木側の船着場そばには、前述した「義経記」のワンシーンを描いた像が。どんな物語かというと、1187年、奥州へ落ちる義経一行が、如意の渡から船で六渡寺へ進もうとしたが、渡守の平権守が義経を指して「判官殿(義経のこと)ではないか」と怪しむ。もし義経であることが見破られ、頼朝に通報されたら一大事と考えた弁慶は「あれは加賀白山より連れて来た御坊であり、判官殿と思われるのは心外だ」と言って、とっさに疑念を晴らすため、扇で義経をさんざん打ちのめした。このようなやり取りがあり、一行はめでたく如意の渡を渡ることができた。この話はのちに、歌舞伎「勧進帳」に創作されました。

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乗船記念の小冊子とスタンプを係員から頂戴しました。スタンプの絵柄は、やはり、あの像でした。もうすぐ渡し舟が無くなるという話題になると、係員はやはり寂しそう…。

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船着場から徒歩数分でJR氷見線伏木駅に到着。

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駅前の郵便ポスト上に大伴家持像が。

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駅舎とホームとの間には和風庭園のような造園が形成されていました。

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近隣の港にはロシア船の往来も多いことから、ロシア語表示の行き先案内もされていました。

ここから氷見線列車に乗ることに。

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2009年7月22日 (水)

北陸フリーきっぷで、北陸の鉄道旅 ~上野~

毎夏恒例の、7月3連休による汽車旅を小金井シンさんと快速AKB号さんの3人で敢行して来ました。今回は「北陸フリーきっぷ(グリーン車用)」で行く北陸地方の路線を乗りまくるというもの。

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スタートは17日夜の上野駅。22時半頃に着いたのですが、既に快速AKB号さんの姿もありました。柱には今年で寝台特急「カシオペア」号運転開始10周年を示す記念ラッピングがされていました。もう10年かぁ。改めて同列車を撮影したいものですね。

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北陸への移動は寝台特急「北陸」で…と目論んでいたのですが、全て満席!どうやら団体客も入っていたようです。今回は私以外は勤め先から直行で当駅に合流するカタチとなっていたので、彼らには寝台車で横になってもらいたかったのですが残念。

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…てなわけで、我々の乗車するのはこちら。って「ホームライナー鴻巣」やないかい(笑)

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実はこれは送り込み回送でして、作業員がヘッドマークプレートを外すと…

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ジャーン!急行「能登」ヘッドマークがお目見え♪

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急行「能登」グリーン車にて北陸方面を目指すことに。30分前に上野を発った「北陸」が満席だった影響か、こちらも全席満席との車内放送がありました。

では、いってきまーす。

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2009年7月12日 (日)

JR、「さよなら四季彩号」運転

201系改造により誕生した展望電車”四季彩”が、老朽化によりついに廃車のときがやってきてしまいました。既に定期運用から外れていますが、車両を管轄しているJR東日本八王子支社で「中央線開業120周年記念イベント」の一環として、7月4日より団体臨時列車「さよなら四季彩号」として運転を行っています。

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4・5日は三鷹→笹子、大月→三鷹を運転。今回訪れた11・12日は立川~青梅を1往復するものでした。ヘッドマークデザインが前後で違うことを入手していたため、両方を確実に記録したかったので、下り列車が青梅で乗客を下ろした後、一旦、宮ノ平まで回送される単線区間で張ることにしました。奥多摩方には緑と黄色によるヘッドマーク。《JR青梅線青梅~宮ノ平 1/1000 Av2.8 露出補正0 ISO125》

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立川方には水色と黄色のヘッドマーク。いずれも運転期間の「2001-2009」と初期のラッピング&現在のラッピング先頭車前面のイラストが描かれていました。よく見ると、編成番号札も四季彩ラッピング模様!《JR青梅線青梅~宮ノ平 1/1250 Av3.2 露出補正-1/3 ISO160》

前後の踏み切りや沿線には多くのレールファンが詰め掛けたせいか、近所の中年男性が撮影地で仲良くなった男性や子供たちと談笑している中、目を白黒させて理由を尋ねる場面もありました。沿線住民の皆様、お騒がせしてすいませんでした。

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宮ノ平に引き上げた”四季彩”は青梅の留置線に移動し、午後の復路に備え暫しの休息。周りを中央線・青梅線の顔に躍り出たE233系が挟み込みます。

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一般公募に愛称が決まった”四季彩”は、青梅線沿線観光を促進する目的で、通勤車両である201系4両1編成を展望型電車として改造したもので、2001年より主に休日の青梅~奥多摩で運転されていました。車両デザインは、愛称どおり、全4両を1両ずつ青梅線沿線の四季をイメージして春は「桜」、夏は「レンゲショウマ」、秋は「紅葉」、冬は「雪」としたラッピングでした。【参考】画像は、インターネットから転載。《JR南武線武蔵新城~武蔵溝ノ口》

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2005年から現在のラッピングデザインに変更されました。《JR青梅線鳩ノ巣》

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車内は多摩川の渓谷美を楽しめるようにと、川側の座席にボックスシートを配置。

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川側の窓も1枚の大型窓に変更し、車窓をより楽しめるように工夫されました。

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他路線に顔を出すこともしばしば。《JR中央本線高尾付近》

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JR線以外で運転されることもありました。《富士急行線三つ峠~寿》

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さよなら運転は、18~20日に立川~奥多摩を往復して最後となります。奥多摩の自然にとけこんでいたイベント車両が無くなるのはとても残念です。さらに、現段階では後継車種の話題もありません。ぜひとも新たな展望型車両で青梅線沿線の自然を車窓から楽しみたいものです。《JR青梅線白丸~奥多摩》

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JR、快速「富士登山高嶺号」を撮りました

JR中央本線と富士急行線の直通運転開始75周年を記念して、7月4日と11日に快速「富士登山高嶺号」が運転されました。

1934年7月、新宿~富士吉田で臨時列車「高嶺号」の運転が開始され、中央本線と富士急行線(当時の富士山麓電気鉄道)の直通運転がスタートしました。

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下りは新宿→河口湖、上りは河口湖→立川で運転され、車両は特製ヘッドマークを掲出した183系大宮車でした。《JR中央本線荻窪付近 1/400 Av5.5 露出補正0 ISO400》

訪れたのは11日。午前中に私用を片付け一旦帰宅し、この撮影に向かうための準備を進めていたら、別件で撮影に出かけていた、そうくんから連絡をもらい、どうやらそうくんもこの列車を狙っていたとのことなので、途中で合流を果たし撮影を敢行したのでした。おかげで、またもや楽しい時間を過ごすことができました♪そうくん、お疲れ様でした。

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2009年7月11日 (土)

京王、6000系の都営線直通運用が終わりました

京王電鉄は都営新宿線と橋本~本八幡で直通運転を行っていますが、今年6月10日をもって、京王6000系列による運用に終止符が打たれました。現在は新型車両である9000系列に置き換わっています。

在りし日の6000系の都営線直通運転の様子を。

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運用番号表示が幕式だった頃。《京王線明大前~下高井戸》

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《京王新線笹塚付近》

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《京王線八幡山付近》

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都営新宿線からの直通臨時列車運転も過去のものに。「高尾山冬そば号」。《京王線つつじヶ丘付近》

都営線直通運転仕様となっている車両は全廃の予定で、京王のフラッグシップトレインとして一時代を築いた6000系のの淘汰が加速してゆくのは一抹の寂しさがあります。

この車両を利用して通勤していた小金井シンさんは、9000系列よりも6000系列のほうがシートの座り心地が良くて、長く乗っていても疲れなかったと言っていましたねー。

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箱根登山、駅舎リニューアル&記念塗装車を見てきました

今春より様々な動きのあった箱根登山鉄道を訪れてみました。

特急ロマンスカーの終着点でもある箱根湯本駅は、3月14日より新駅舎となりました。

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リニューアルに伴い、橋上駅舎となり、改札口のある2階には「箱根カフェ」がオープン。登山鉄道車両の模型がウィンドウ越しに見えます。

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改札口のほか観光案内所やみやげ物店などが入るコンコースの天井は高く、開放的です。

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駅舎は新しくなりましたが、駅前のバス停やタクシーロータリー等の整備が引き続き行われており、マッタリと駅舎の外観を眺めるにはまだ時間がかかりそうです。とはいえ、茶系の建物デザインは、とても落ち着きがあり、年間2000万人を超える観光客が訪れる日本有数の観光地である箱根への玄関口に相応しいものと感じます。

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登山電車の動きとしては、3月14日からこのような塗装車両の運転を開始しています。《箱根登山鉄道大平台付近 1/800 Av5.0 露出補正-1/3 ISO400》

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これは、姉妹提携を結んでいるスイスのレーティッシュ鉄道で運行されている「グレッシャー・エクスプレス(氷河特急)」塗装に準じたもの。今年6月に姉妹提携を結んで30周年を迎えることによる記念行事の一環で、2000形”サンモリッツ号”を種車に充てています。赤い地色にスイスの国旗を配置したデザインは、結構目立ちますねー。本来は「30周年記念」ヘッドマークを掲出しているのですが、訪れた時期が「あじさい電車」運行中だったので、それ様に変わっていました。《箱根登山鉄道大平台 1/800 Av4.0 露出補正0 ISO400》

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”金太郎色”の車両との並びが撮れました。《箱根登山鉄道大平台 1/80 Av4.0 露出補正0 ISO80》

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30周年記念催事は強羅駅でも行われています。登山電車2番ホーム内に、記念プレート。

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すぐそばには、直径1メートルの花時計を設置。スイスが時計発祥の地であり、公園の花時計が有名なことに因んだようです。

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そして、レーティッシュ鉄道の原寸大車両の平面デザインを作成。その大きさは高さ約2.7m長さ約13mの1両分!

登山電車も、こういったパノラマ車両を導入したらいいのに~♪

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2009年7月 5日 (日)

JR、たまには貨物

貨物列車好きのニクマルさんにお付き合いするカタチで、JR武蔵野線に出向きました。前日が深夜まで仲間内で飲み食いしていたこともあり、午後からのスタートです。

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EF64形1000番台牽引のコンテナ貨物列車。《JR武蔵野線西浦和付近 1/500 Av4.5 露出補正0 ISO200》

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EF64形1000番台の重連によるコンテナ貨物列車。《JR武蔵野線西浦和付近 1/500 Av4.5 露出補正0 ISO200》

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EF65形1000番台牽引によるコンテナ貨物列車。《JR武蔵野線西浦和付近 1/500 Av5.0 露出補正-1/3 ISO200》

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EF66形牽引によるコンテナ貨物列車。《JR武蔵野線西浦和付近 1/640 Av4.5 露出補正-1/3 ISO200》

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EF210形”桃太郎”牽引によるコンテナ貨物列車。《JR武蔵野線西浦和付近 1/500 Av5.0 露出補正-1/3 ISO400》

たまには、こんな1日もいいんでないかい(笑)

この日、撮影中に武蔵野線とEF64形電気機関車をこよなく愛すExpressさんというレールファンと知り合いになりました。「Station The Express」というHPを持っているようなので、良かったらご覧ください。

当日お世話になったニクマルさん、Expressさんお疲れ様でした。

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2009年7月 1日 (水)

京成、”青電塗装”復活

今年1年間で創立100周年記念企画を立てている京成電鉄ですが、創立記念日となる6月30日より、往年の人気カラーである”青電色”にリバイバルした「創立100周年記念列車」の運転を開始しました。

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運転開始当日は、京成上野駅にて記念乗車券の発売があり、まずはこれを購入。創立100周年記念ロゴの入ったペンを粗品として貰いました。

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さらに、この日は14時より京成上野駅で出発式を行った臨時特急として営業運転に就きました。今回、”青電色”の対象になったのは3300形3356Fの4両編成。この塗装はダークグリーンとライトグリーンの2色構成であり”青電”とは俗称。その車両が特急金町行きとして運転されるという珍運行ということもあり、運転時刻近くになると、平日にも係らず線路脇にはギャラリーの姿が多く見られました。《京成金町線柴又~京成金町 1/500 Av4.5 露出補正-2/3 ISO400》

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当該列車運転時には天気も持ち直し、撮影に影響のないコンディションで迎えられたのはラッキーでした。”青電色”は京成金町到着後、すぐに回送列車として折り返し、この日は高砂車両基地に入庫しました。《京成金町線柴又~京成金町 1/500 Av4.5 露出補正-1/3 ISO400》

ギャラリーはレールファンだけではありません。1980年に別の塗装に置き換わるまで”青電”という愛称は沿線住民の間でも親しまれていたようで、懐かしい塗装の列車が走るということを知った高齢者の姿を何人も見かけ、当時のお話を伺うことができました。リバイバルカラーでの運転というのは、沿線の方々の記憶も呼び覚ますものなんですね~。それだけ愛着のあるカラーだったということでしょうか。

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今後の記念列車の運行予定として、”赤電色”が8月下旬より、”ファイアーオレンジ色”が9月中旬より、それぞれ運行予定で、”青電色”含め今年末まで見られるようです。

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